
建物基礎の耐震補強の必要性を考える:エコタイト-Sによる杭基礎補強工法
建物の耐震補強というと、柱や梁、壁など、目に見える部分の補強を思い浮かべる方が多いかもしれません。
しかし、建物を足元から支えている「杭基礎」が地震によって損傷すると、建物本体に大きな被害がなくても、その後の継続利用が難しくなる可能性があります。過去の大地震でも杭基礎の被害が確認されており、建物の安全性や事業継続を考えるうえで、基礎の耐震性能は見過ごすことのできない課題です。
一方、すでに建っている建物の直下にある杭基礎は、調査も補強も容易ではありません。
では、建物を利用しながら杭基礎を補強するには、どのような方法があるのでしょうか。
この記事では、杭基礎の耐震設計・耐震補強の変遷を振り返りながら、基礎補強が十分に進んでこなかった背景と、エコタイト-Sを用いた新たな杭基礎補強工法についてご紹介します。
この記事からわかること
- 建物の耐震補強において、杭基礎の検討が重要な理由
- 杭基礎の耐震設計が、いつ、どのように制度化されてきたのか
- 既存建物の杭基礎に対する耐震診断・補強が進みにくい理由
- 従来の基礎補強工法が抱える施工上の課題
- エコタイト-Sによる杭基礎補強工法の仕組みと特長
- 実大試験で確認された杭基礎の補強効果
- 本工法が建物の継続利用や事業継続に貢献できる可能性
目次[非表示]
はじめに――そもそも基礎の耐震補強とは?
建物の耐震補強と聞くと何を思い浮かべるでしょうか。柱や梁、あるいは壁などの補強をイメージされる方が多いのではないでしょうか。
確かに、建物の耐震性を考えるとき、柱や梁などの構造(これらを上部構造と言います)の検討は非常に重要となってきます。
しかしながら、過去の大地震の経験から、上部構造だけ耐震補強したのでは不十分であり、建物を地下で支える基礎構造の耐震補強も必要な場合があることがわかってきています(図1)。
具体的には、1995年の阪神・淡路大震災や2011年の東日本大震災に対して行われた被害調査にて、建物本体(上部構造)だけでなく、建物を支える杭基礎も被害を受けることが報告されています(図2)。
ひとたび地震で杭基礎が損傷すると、建物の継続利用ができなくなるだけでなく、施設利用者の安全・安心を脅かすことになってしまいます。

図1 地震による杭基礎被害のイメージ(国総研発表資料1)より引用)

図2 東日本大震災で損傷した杭(国交省発表資料2)より引用)
1) 国土技術政策総合研究所「建築物と地盤に係る構造規定の合理化による都市の再生と強靭化に資する技術開発」2025、Ⅰ-4ページ PDL1.0
2) 国土交通省「平成24年度建築基準整備促進事業 基礎ぐいの地震に対する安全対策の検討」2013 PDL1.0
今回の記事では、杭基礎の耐震補強について歴史や法律も交えながら簡単に解説し、ケミカルグラウトが開発した杭基礎補強工法を紹介したいと思います。
法律的な堅苦しい議論もでてくるので、正直、退屈に感じてしまうかもしれません。そこで、理解の一助として、耐震設計と耐震補強の変遷の年表を作ってみました(図3)。適宜、この年表をみながら今回の記事を眺めていただければ幸いです。

図3 日本における耐震設計と耐震補強の変遷(1970年代から2020年代まで)
建物の耐震基準――大地震の経験による変遷
さて、耐震補強を検討するにあたっては、まずは建物の耐震性能を判断する必要があります。
この判断の根拠のひとつとして、建築基準法(および関連法令)において、耐震基準を含む構造関係規定が設定されています(具体的には構造計算のルールが定められています)。
日本の耐震基準は、過去の大地震の経験などからさまざま変遷を経てきています。耐震基準の歴史を顧みたとき、ひとつの画期として、1981年の建築基準法の改正が挙げられます。
この改正は、1978年宮城県沖地震などの被害の教訓を受けたものであり、これをいわゆる「新耐震基準」、またそれ以前のものを「旧耐震基準」と呼んでいます。
さて、今回のテーマである建物基礎という観点でみたとき、「旧耐震基準」にしろ、「新耐震基準」にしろ、基礎構造の設計方法が示されていなかったという点が非常に重要です。
この理由についてはさまざま考えられますが、1981年当時では、まだまだ杭基礎と地震の関係などについてわかっていないことが多く、耐震基準としてまとめ上げるには至らなかったと推測されます。
その後の1984年、当時の建設省から「地震力に対する建築物の基礎の設計指針」が示され、はじめて杭の耐震設計法が提示されました。
この設計法は中小地震に対する1次設計レベル3)のものではありましたが、杭の耐震設計として徐々に普及していくことになります。
しかしながら、この指針には法的拘束力はなく、杭の耐震設計が義務づけられることはありませんでした。
そのような状況のなか、1995年に兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)が生じました。
この甚大な被害の経験により建物の耐震基準が見直されていき、具体的には2000年に建築基準法が改正されます。
これを「2000年基準」と呼んだりもしますが、この「2000年基準」を定めていく流れのなかで、ついに国土交通省告示第1113号が2001年に施行され、杭基礎の許容値が定められたことで、耐震設計が義務付けられました。
以降、今日に至るまで、建物の杭基礎はこの告示第1113号に従って設計され続けています。
従って、2001年以降の建物であれば、基本的に杭基礎の耐震設計(1次設計レベル3))はされているものと考えていいと思われます。
3) 1次設計とは、建築基準法で定められる構造計算における許容応力度計算のこと。中地震に対する弾性域までの検討であり、短期レベルとも呼ぶ。対して、2次設計とは、大地震に対する塑性域まで考慮する検討を指し、終局レベルとも呼ぶ。
建物の耐震設計――既存不適格建築物と阪神淡路大震災
ところで、建築基準法が改正され建物の基準が変わるとき、すでに建っている建物の耐震性はどう考えるべきなのでしょうか。
当然、以前の基準で建てられた建物は現在の基準には合っていない、言わば「法令違反」と解釈されてしまう可能性が生じてしまいます。
建築基準法ではこの事態を防ぐために、「現に存する建築物」(≒すでに建っている建築物)には建築基準法を適用しないという決まり(条文)があります。
現行法に違反している建築物を「既存不適格建築物」と呼びますが、既存不適格建築物は現行基準に適合していなくても問題ない、とされているのです(一部、例外あり)。
このことを別の言い方をすれば、建築基準法とは文字どおり、建物を建築する際の基準・ルールを定めた法律であり、すでに建っている建築物は基本的に対象としないもの、とも言えるかもしれません。
そうしたなかで、1995年の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)が生じました。
この震災では、新耐震基準(1981年)以前に建てられた既存不適格建築物も含む、多くの建物が損傷することとなりました。
つまり、既存不適格建築物は建築基準法上、問題なしとされていながら、甚大な被害を生じさせてしまったのです。
この経験を受けて、建物の耐震基準は最新の基準(現行の基準)に合せるべきだと考えられたのですが、建築基準法は建物を建てる際のルールであるため、すでに建っている建物を対象としたルールを定める必要がありました。そこで、震災と同じ年の1995年に建築基準法とは別の法律が制定されます。
それが「建築物の耐震改修の促進に関する法律」、通称「耐震改修促進法」です。
建物の耐震補強(耐震改修)――耐震改修促進法の制定
既存不適格建築物の震災被害を受けて制定された耐震改修促進法のポイントは大きく次の2点です。
- 公共の施設などに対する耐震診断の努力義務(2013年の改正で義務化)
- 耐震関係以外の不適格事項は遡及しない
まず、すでに建っている建物の耐震性能の確認のために、「特定既存耐震不適格建築物」4)に対する耐震診断が努力義務となりました(2013年の改正で一部の建物が義務化)。
これにより、耐震基準に満たないことが確認された場合は、耐震補強(改修)を検討することになります。
4) 耐震改修促進法における用語。通称「特定建築物」。学校・病院・商業施設などの不特定多数の人が利用する施設や、災害時に使用されることが想定される道路の沿道建物などを指します。
そして、この耐震診断において、耐震関係以外の不適格事項は遡及しないこととされました。
ややくだけた表現をすれば、耐震関係以外の「現行法違反」は考慮しない、とされたのです。
では、耐震改修促進法では建築基礎はどう扱われているのでしょうか。
先に結論を言えば、基礎構造の耐震性能・耐震診断は対象外でした(表1)。
実際、耐震改修促進法により、公共施設などの耐震補強は確実に進んでおり、たとえば東京都の小・中学校では耐震化が100%完了していると報告されています5)。
しかしながら、ここでいう耐震診断/耐震補強(改修)とはすべて建物の上部構造のことであり、基礎構造については全く検討されていないのです。
表1 建築基準法と耐震改修促進法の概略比較
法令 | 対象 | 耐震基準 | 既存不適格 | 基礎構造 |
建築基準法 | 建物を建てる行為 | 構造計算が定められる | 原則OK | 設計基準あり |
耐震改修促進法 | すでに建っている建物 | ↑これに準じる | 耐震基準のみ現行基準に合わせる | 扱わない |
5) 東京都教育委員会『東京都の教育(令和7年度版)』第2編第2部第6章「学校施設」2026
基礎の耐震診断・耐震補強――「基礎構造の耐震診断指針(案)」の発刊
では、なぜ耐震改修促進法は基礎構造を扱っていないのでしょうか。この理由は、すでに建っている建物の真下にある基礎を調べたり、あるいは改修・補強したりすることが困難であるからと考えられます。
とは言え、冒頭で紹介したように、過去の大地震の経験から、建物の杭基礎が損傷することで、住民をはじめとした施設利用者の安全・安心を脅かすことがあることが明らかになってきました。
こうしたなかで、東日本大震災後の2013年、「持続可能な社会を実現するためには、上部構造に加えて基礎構造の耐震診断・耐震改修は急務」6)であるとして、(一財)ベターリビングにより「基礎構造の耐震診断指針(案)」が示されます。
6) (一財)ベターリビング『基礎構造の耐震診断指針(案)』2013、序文
指針(案)の概要を紹介すると、上部構造の耐震診断の考え方も参照しながら基礎構造の耐震診断手法が示されていました。
主な適用対象は「特定建築物」前掲4)とされ、また、2000年以前(現行基準以前)の建物については耐震診断をすることが望ましいとされました。
さらに、本書では耐震診断だけでなく、基礎の耐震補強技術についてもいくつか紹介されています。
しかしながら、いずれの技術にしても適用の制約条件が厳しいとされている点には注意を払う必要があります。
たとえば、代表的な基礎の補強方法として増し杭工法があります。
この工法は建物周囲から杭を打設・追加することで基礎の耐力などの向上を図るものですが、建物に重機が近づいて施工する必要があるなどの理由のため、実際の建物への適用は難しいと言わざるを得えません(図4)。

図4 増し杭工法のイメージ
また、建物を支える基礎の補強は技術的に難しいだけではありません。実際に建っている建物には当然、利用者の方がいらっしゃいます。
建物の種類によっては、病院や工場などのように利用者の生活や生産活動を妨げることができない場合もあります。
しかしながら、利用者の生活や生産活動を妨げずに建物直下の杭基礎の補強を実現できる技術となると、従来技術では非常に困難と考えられていました。
こうしたこともあってか、指針(案)が発行されてから2026年現在で10年以上が経過していますが、主な対象のはずの「特定建築物」前掲4)も含めて、基礎構造の耐震補強は進んでいないように考えられます。
エコタイト-Sによる杭基礎補強工法の開発
ケミカルグラウトはこの社会課題を解決すべく、「高圧噴射撹拌工法による杭補強工法」を提案し、(国研)建築研究所の委託研究事業に採択されました。
この工法は高圧噴射撹拌工法のひとつであるエコタイト-Sによる地盤改良で杭基礎を補強するというものであり、エコタイト-Sの施工機は非常に小さいため、
- 建物内部から直下の杭基礎の補強が可能
- 利用者の生活や生産活動を妨げない施工が可能
という特長があります(図5、6)。

図5 建物屋内での施工ができる小型施工機

図6 左:地盤改良による杭基礎補強イメージ 右:実際に掘り起こした改良断面
(90度の扇形改良をパイルキャップの対角2箇所から施工。図のイメージは、先行改良体(緑)を施工後、後行改良体(紫)の施工途中を表している)
2020~2024年までの5年間にわたる研究開発のなかで、実大試験や3次元FEM解析にてその補強効果を確認し、建築研究所より研究開発完了の評価を得ております。
エコタイト-Sによる杭基礎補強工法の特長
本工法の特長はいくつかありますが、今回の記事では、地盤改良による杭基礎の水平剛性(≒耐震性能)の増加という点について簡単に紹介したいと思います。
委託研究開発のなかで行った実大試験のひとつとして、以下の3ケースによる水平載荷試験(図7、8)を行いました。
図の一番右、損傷杭のケースは、試験前に損傷(ひび割れ)を与えておいた杭を地中に打設したのちに地盤改良を施したものです。過去の地震で損傷を受けた建物の杭に対して、地盤改良を行った場合を想定しています。

図7 実大水平載荷試験

図8 水平載荷試験のケース
この水平載荷試験による水平荷重-変位関係のグラフを図9に示します。
地盤改良を施すことで水平剛性および水平耐力が増加したのは言うまでもありませんが、下記の点で特筆すべき知見が得られたものと考えています。
- 地盤改良体にひび割れが生じた後も水平荷重が増加し続け、かつ、杭が損傷して荷重低下が確認された後も、「杭のみ」に比べて高い水平剛性を発揮し続けた⇒大地震だけでなく、その後の余震にも耐えられる可能性がある⇒災害時の防災拠点としての建物利用や事業継続に有効である可能性がある
- 損傷している杭に地盤改良を施したケースでも、「杭のみ」の状態に比べて高い水平剛性を示した⇒過去の地震で損傷している杭に対しても、本工法が有効である可能性がある

図9 3ケースの水平荷重-水平変位関係
おわりに――杭基礎補強工法の可能性
以上、基礎の耐震補強をテーマに、耐震基準の変遷やエコタイト-Sによる杭基礎補強工法の紹介を行ってきました。
やや小難しい話ばかりで退屈だったかもしれませんが、最後まで読んでいただき本当にありがとうございます。
エコタイト-Sによる杭基礎補強工法に関しては、今回の記事で紹介しきれなかった特長がまだまだあります。
また、適用範囲や施工実績、あるいは杭の調査方法や品質管理方法などを詳しく知りたいという方に向けて、本工法の杭基礎補強に関する資料をご用意しております。
エコタイト-Sによる杭基礎補強工法の資料
建物の長寿命化や災害時の防災拠点利用・事業継続を検討されている方をはじめ、少しでも本工法にご興味を持っていただけましたら、ぜひお問い合わせいただければ幸いです。


